すべては「クルマが売れるコンピュータ!」で始まった!
栩野正喜


第86話 「TAOーOMEGA」・・全社展開へ!?A
「TAO-OMEGA」プロジェクト!


第71話で「方針管理システム」で毎週日曜日の晩に重点管理項目毎の数値とランキングが出るシステムが出来ていて、IBMのSEが「まるで住友銀行みたいだ!」と叫んだエピソードをご紹介しています。私が中心になってシステム開発したものですが、営業の生データを「指標」という切り口で「ウオッチング」する現場には厳しいシステムが稼働していました。私は、「TAO-OMEGA」プロジェクトの進行管理をこのシステムにさせようと考えていました。
そういう背景があって、営業部長とのいわゆる「根回し」を怠っていました。今までは、自分が営業所とコミュニケーションを行って、実際に出る問題を解決して来ました。その勢いで社長とはコミュニケーションを行っていましたが、営業部長とは怠っていました。そんな事情で、営業部長が、実際に、私の「企画書」を見て難色を示したのです。理由は、いろいろあったのでしょうが、表向きは「栩野さんは、営業をしたことがないのに・・」という低レベルな主張だったのです。
これは、後から分かったことですが、彼らが、一番懸念した事は、このコンピュータによる「ウオッチング」だったようです。営業の活動が「整流化」されて「成績」がよくなるのは歓迎すべきであるが、全7項目にも及ぶ切り口で「数値化」されてランキング化されるのを恐れた訳です・・もちろん、間接的な「シコリ」(第84話)もあったのでしょうが・・ともかく、新しい「やり方」で展開されて、自分たちの影響力が薄れるのを懸念したのが本音だったようです。
こんな背景があるので、理詰めな展開でもって、直接「社長」に迫るのではなく、間接的に、社長のお嬢さんを経由して迫る作戦に出たのです。従って、事前には、社長が大歓迎してくれて「これぞ、私が思っていた売れるコンピュータだ!」という企画書であったのですが、この企画書の内容に触れずに私の弱点・・それは、クルマを売った事がないという点だったのですが、そこを「一点につき「営業のことを知らないものが書く企画書」では現場が混乱すると迫ったのです。
平成4年3月の最終週もいつものように月曜日の朝が来て管理職が集まる「早朝会議」が始まろうとしていました。社長との約束で私の「企画書」を「営業マニュアル」化した冊子を皆に配布する作業していました。ところが、間際になって秘書から「栩野さん、社長室へ来てください」という連絡が来たのです。腑に落ちないままに、社長室に行くとビックリする事態になりました・・

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