すべては「クルマが売れるコンピュータ!」で始まった!
栩野正喜


第42話 「システム開発室」B・・成瀬特殊木材括A

この大きな「落とし穴」は、昭和60年のゴールデン・ウイークにやってきました。すなわち、成瀬特殊木材(株)の販売会計システムが4月に始まりました。伝票の作成スピードも問題なく、順調に、毎日が進みました。ところが、月末になって「アクション」が必要だという話が出てきました。担当の村上さんは、すまなさそうに言い始めました。実は、伝票処理や日報処理は最初から予定していたので、問題なく通過したのですが、当初の打ち合わせにない統計処理なので困った状態になったのです。
それは、同社で「アクション」と呼ぶ管理資料です。つまり、誰がとか、どこに何をとかと言う管理資料なのです。この資料で生産した製品に必要な原価配分を決めるという重要なものでした。私と2年目の西川君とシステム開発を担当していたのですが、41話のようにデータの設計がヘッダー部(1件)とディテール部(複数件)と分離していたので、単純に分類(ソート)して集計する訳に行かないのです。私と西川君は色々と工夫するのですが、ソート処理だけではどうしても旨く行かないのです。
私たちは、3日から始まる連休を返上して、しかも、徹夜で作業しましたが、どうしてもうまく行かないのです。村上さんも徹夜で付き合ってくださり、その上、奥さんの手料理の差し入れもありました。ともかく、ヘッダー部とディテール部が分離しているから、うまく行かないという主原因なのだから、「アクション」だけは、128バイトのヘッダー部とディテール部が一体化したデータをテンポラリーに書き出して処理するということで対応することにしました。これで、どんな風にソートしても目的の統計表は正しい答えを出すようになりました。
さんざんなゴールデン・ウイークでしたが、ともかく、村上さんの必要なデータが提供できました。担当の村上さんは、事情を理解してくれていましたが、周囲の人は我々に一方的な非があるような目で見ていました。居づらい状況でしたが、ゴールデン・ウイークが救ってくれたとも言えます。西川君も私も記憶に残ったゴールデン・ウイークでした。

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