すべては「クルマが売れるコンピュータ!」で始まった!
栩野正喜


第27話 またまた「腎炎」で倒れる!

このように、漢字処理も順調に、しかも短期間で完了しましたので、昭和56年は、ほとんど大きな開発というものは残っていませんでした。こんな時に、山口茂君(現、当社の課長)が入社して来ました。一応のIBMシステム34の基本オペレーション・システムSSPや開発言語RPGUなどを教えると急に「ラク」になってしまいました。
と言うのは、開発の仕事がないので、毎日、バッチ・オペレーションするだけでしたが、各業務のバッチ処理(日報作成など)は、各業務担当者が自分の端末で処理するようにしてあったので、我々が行なう処理は限られていました。また、そのバッチ処理も大型機ユーザーなら、オンライン処理中は不可能なので、夜間バッチと言ってオンライン終了後に一挙に処理していましたが、我々は、オンライン処理中に、しかも、エンド・ユーザーが自分でバッチ処理を動かせるものでありました。
本当に、「ラク」過ぎて、9月に「腎炎」を患うという大病になりました。第1話でもご紹介していますが、私は、20歳の時に「腎炎」を患い、慢性化していた経緯がありますので、2度目の大病です。丁度、32歳ですから12年目という巡り合わせでした。結婚していましたから、家族は大変心配しました。家内は、医者の診断書を会社に持って行き「長期療養」の了承をもらいに行ってくれました。本当に、これから子供を育てないと・・という時なので、心配でした。

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