こんな具合で2年間を過ごしましたが、会社も回復して、とうとう念願のIBMシステム34を導入することになりました。この導入にもエピソードがありました。それは、もともと、私は「富士通」のファンだったのです。それは、関西学院大学のコンピュータが富士通のもので、そのコンピュータで卒業論文を書き上げたという背景があったからです。
IBMシステム34は2年経過しても、ますます、魅力的になっていましたが、月額レンタル料約100万円という基準で見ると、富士通おものはCPUが784KB、DISKは1GBを超えるものでしたが、IBMはCPUは64KBで27MBと比較にならないデータでした。これを併記して「稟議」を上げたのですが、社長室に呼ばれて「IBMから学ぶところが多い筈だ。栩野君の為になる」と言ってIBMに軍配をあげたのでした。
富士通なら他社で使っているオンライン・ソフトも流用できるのに、IBMは自分で作成しなくてはならい・・など自分にとっては、新たなプレッシャーが加わった訳です。しかし、福井社長のいう通り、IBMのシステム34はWSU(ワークステーション・ユーティリティ)というオンライン・システム専用のソフトがありました。これは、画面デザインとデータ記述・プロセスをコーディングするだけで、カンタンに(半日で1本かな)プログラムが開発できたのです。
もちろん、ロジックが複雑な画面はRPGUという言語で開発するのですが、こんなタイプのプログラム1本対して、メンテ用のWSUタイプが10本という比率だったので、一人で開発することができた訳です。(この2年間に新人は別の仕事に移っていたのです)・・
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