第8講 「一鍬一鍬、南無阿弥陀仏」・・鈴木正三



●本来に意味
三河武士であった鈴木正三は、家康に使えて関が原の合戦などを経て200石の武士となるが、平和になり42歳で武士を捨て、豊田市付近で農業を始めた。「私欲を捨てて天道に奉公をするつもりで、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱え、心に余念なく農業にいそしめば、田畑は清浄の地となって五穀も清浄な食料となり、食べる人の煩悩を清浄する」と説き、シンプルに行動を起こすことの尊とさを説く。士農工商時代に農業に励む教え。

●私見
仕事には貴賎はなく、その仕事への取り組み姿勢が問題なのです。一つ一つを着実にこなし、それがお客様の感謝につながるように真心を込めて行なうことが大切だという意味があります。経済が進んで、コスト主義が優先するようになると、ここでサービス終わりというケースも多くなっています。もちろん、商売を継続するには「儲け」が必要であるが、お客さまに感謝しているのかという姿勢では、結局、永くは続けられない。